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Azzz
別名:東東東
愛知県生まれ、大阪在住。
好きなものは、うまい酒と、うまい料理。まだ誰も見たことのない景色。
技術ネタはかなり好き。
理系機構という狂的科学ネタの企画をしています。
http://www.rikei.org/
2006年以前の日記はこちらから。
設定ミスにつき、ブログを移動させましたので、2007年8月以降の日記はこちらから。
別名:東東東
愛知県生まれ、大阪在住。
好きなものは、うまい酒と、うまい料理。まだ誰も見たことのない景色。
技術ネタはかなり好き。
理系機構という狂的科学ネタの企画をしています。
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2006年以前の日記はこちらから。
設定ミスにつき、ブログを移動させましたので、2007年8月以降の日記はこちらから。
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2007/03/10 :: 広島紀行その2
山賊の恐怖。
その1はこちら。
巨大寿司で満足した我々は岐路についた。その途中で車が拠った場所こそが、山賊である。
!!$img1!! みやげ物とか、食事とか、いろいろできる一風変ったドライブインとのことだ。
!!$img2!! ここの名物が、山賊むすびと、山賊焼きだそうな。山賊むすびは、ソフトボールを一回り大きくしたくらいの握り飯で、中に昆布と梅と鮭が入っている。海苔についている塩気もいい具合で、確かにうまいのだが、さっき巨大な寿司をたべたばかりなので、少し堪える。山賊焼きは、鳥のモモ肉を長さ50cmほどの竹にぶっさして炭火焼にしたもので、豪快さの中にも豪快さがある(豪快さしかない)料理だ。タレガ私には甘すぎたのだが、タレを落としながら食べればいい按配だ。炭火の香ばしい感じがとてもいい。
友人宅に戻って、みんなでWiiのPanya!で盛り上がる。やってみて、ゴルフはひざの使い方が重要なんだなと思う。途中から友人にもらった得月の大吟醸で一杯やって、上機嫌でパンヤ。そして、眠りについた。
山賊の恐怖。
その1はこちら。
巨大寿司で満足した我々は岐路についた。その途中で車が拠った場所こそが、山賊である。
!!$img1!! みやげ物とか、食事とか、いろいろできる一風変ったドライブインとのことだ。
!!$img2!! ここの名物が、山賊むすびと、山賊焼きだそうな。山賊むすびは、ソフトボールを一回り大きくしたくらいの握り飯で、中に昆布と梅と鮭が入っている。海苔についている塩気もいい具合で、確かにうまいのだが、さっき巨大な寿司をたべたばかりなので、少し堪える。山賊焼きは、鳥のモモ肉を長さ50cmほどの竹にぶっさして炭火焼にしたもので、豪快さの中にも豪快さがある(豪快さしかない)料理だ。タレガ私には甘すぎたのだが、タレを落としながら食べればいい按配だ。炭火の香ばしい感じがとてもいい。
友人宅に戻って、みんなでWiiのPanya!で盛り上がる。やってみて、ゴルフはひざの使い方が重要なんだなと思う。途中から友人にもらった得月の大吟醸で一杯やって、上機嫌でパンヤ。そして、眠りについた。
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■ Re:これならひっかかる迷惑メール
└ tom_naka at 2007/03/31 0:56:48
└ Azzz at 2007/03/31 1:16:49
└ nefera-sato at 2007/04/01 4:08:42
└ Azzz at 2007/04/04 20:29:36
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2007/05/26
幸せな日々
[日常]
そんな日もあったなと遠い目。
最近、あまり芳しくないことばかりが起こったり、ちょっとよいことが起こったり、その度に、いろいろと一喜一憂させられている自分があるのに気づく。よいことも、悪いことも、ある意味表裏一体であるのかもしれないのだけど、それに気づけない自分のおろかさがもどかしい。
幸せというものが、ただ単に人間の心の動きにすぎず、脳みその神経回路の一状態なのだとしたら、この世の中はどれだけ空虚なものなのだろうか。そう考えると、思考というものの価値は失われるのかもしれない。たとえば、自由意志とか自由な思考とかいっても、それは脳みそを形作る神経回路の状態に支配されていたり、脳みそにはいってくるさまざまな情報によって、思考の変化が誘導されているのかもしれない。
さらに続きを考えてみる。もし、人工知能が完成して、思考が人間の独占するものではなくなるとしたら、人間とはなにかを考えるときに、人間とそれ以外をわける決定的なものである理性というものが、人間の占有物ではなくなったときに、人間とはなにかという問いかけが、真の意味を持つようになるのかもしれない。
技術の進歩によって引き起こされる、さまざまな価値の消失の危機に、いままで人間は面してきた。しかし、人間はそのたびに新たな価値を発明することにより、乗り越えてきた。たとえば、写真機の発明による絵画の価値の変化などがある。
だから、もし、人工知能ができて、思考が人間の占有物でなくなったとしても、私は楽観的だ。きっと誰かがなんらかの新しい価値を発明してくれる。人間が人間である意味をみつけてくれると信じている。
それはさておき、幸せな日々というのは、たまに思い出すと、せつなくなるよなあ..................。
最近、あまり芳しくないことばかりが起こったり、ちょっとよいことが起こったり、その度に、いろいろと一喜一憂させられている自分があるのに気づく。よいことも、悪いことも、ある意味表裏一体であるのかもしれないのだけど、それに気づけない自分のおろかさがもどかしい。
幸せというものが、ただ単に人間の心の動きにすぎず、脳みその神経回路の一状態なのだとしたら、この世の中はどれだけ空虚なものなのだろうか。そう考えると、思考というものの価値は失われるのかもしれない。たとえば、自由意志とか自由な思考とかいっても、それは脳みそを形作る神経回路の状態に支配されていたり、脳みそにはいってくるさまざまな情報によって、思考の変化が誘導されているのかもしれない。
さらに続きを考えてみる。もし、人工知能が完成して、思考が人間の独占するものではなくなるとしたら、人間とはなにかを考えるときに、人間とそれ以外をわける決定的なものである理性というものが、人間の占有物ではなくなったときに、人間とはなにかという問いかけが、真の意味を持つようになるのかもしれない。
技術の進歩によって引き起こされる、さまざまな価値の消失の危機に、いままで人間は面してきた。しかし、人間はそのたびに新たな価値を発明することにより、乗り越えてきた。たとえば、写真機の発明による絵画の価値の変化などがある。
だから、もし、人工知能ができて、思考が人間の占有物でなくなったとしても、私は楽観的だ。きっと誰かがなんらかの新しい価値を発明してくれる。人間が人間である意味をみつけてくれると信じている。
それはさておき、幸せな日々というのは、たまに思い出すと、せつなくなるよなあ..................。
posted at 2007/05/27 17:29:53
lastupdate at 2007/05/27 18:44:09
【修正】
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